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musictrackオフィシャル・レビュー 第21回

2009/02/06

シンセサイザー、お題でポン! SH-201 vol.2
松武秀樹vs斎藤久師vs氏家克典による、壮絶!シンセサイザープログラミング対決!!
「シンセパッド対決」

お待ちかね、松武秀樹、齋藤久師、氏家克典の3氏による対決第一弾は「シンセパッド対決」です。

シンセサイザーにとってシンセパッドは最も重要な音色のひとつですね。 特にアナログシンセサイザーにおけるシンセパッドは、様々な音楽ジャンルによるその多彩さがアイデンティティといえるでしょう。 もちろん、SH-201は、2VCO、多彩なフィルター、ピッチ/フィルター/アンプに独立して搭載されているエンベロープジェネレーター、2つのLFO、そして2系統のエフェクターと、どんなシンセパッドでもプログラミングが可能なポテンシャルを秘めています。

そこで、今回、齋藤久師氏から発表された、そのお題とは・・・・・

『夜を彷徨うパッドサウンド』

さらにもう一つ「Urban Night Pad」というキーワードも。。。

  • 「夜を彷徨う」に妙なイメージを連想している氏家氏。
  • アナログシンセにおけるフィルターの挙動を完璧に熟知した松武氏の、絶妙なフィルター変調テクニック。
  • クールでヨーロピアンなテイストを繊細にちりばめた齋藤氏。

さあ、松武、齋藤、氏家の各氏は、このようなアプローチで、いったいどんなシンセパッド・サウンドをSH-201で創り上げるのか?!ムービーでは、お題のシンセパッド・サウンドの演奏はもちろん、3氏それぞれのプログラミングに関してのアプローチやノウハウをしっかり解説してくださっています。

では、ムービーをご覧ください!!

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松武 秀樹 (まつたけ ひでき)

1951年8月12日生まれ 1970年の大阪万博アメリカ館で、シンセサイザーとコンピュータを組み合わせて演奏されていた「スイッチド・オン・バッハ」を聴き、新しいフィールドに大いなる興味と関心を抱く。 20歳(1972年)より冨田勲氏の制作会社で、当時日本には数台しかなかった"モーグ・シンセサイザー"による音楽制作のスタッフを経験し、1974年エム・エー・シー(有限会社ロジックの前身)を設立。 デビュー作は南佳孝の「摩天楼のヒロイン」。 1978年矢野顕子のアルバム「トキメキ」のニューヨークレコーディングでデジタルシーケンサーを使用。その後、坂本龍一のソロ第一作「千のナイフ」への参加をきっかけに、1978年〜1982年に及びYMOのサウンドプログラマーとして参加し、数々の伝説的なレコーディングを経験してきた。 1981年には自己のユニット「LOGIC SYSTEM」を結成し、現在までに10枚のアルバムを(内2枚は世界8ヶ国で)発売。 現在は自己のユニット活動のほか、モバイル、ネットワーク環境でのコンテンツ・技術の開発を手がけている。

齋藤 久師 (さいとう ひさし)

80年代後半からDJとして活動。92年にはビクターエンターテインメントよりテクノユニット「GULT DEP」でメジャーデビュー。ユニット解散後はYMOの機材から衣装、またミスタッチまでをも完全コピーするバンド「Yセツ王」にて活動。近年では「8bit」にこだわり抜いたユニット「8bitproject」でのアルバム発売、また松武秀樹率いるLogicSystemへの参加など多方面で活動中。また電子楽器を中心とした音楽ライターとしても各誌で執筆中。

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