反社会的な気持ちを持ってちゃやってられないの?
- ブルース
- 6 再生
この曲の歌詞
「人間は生まれながらに自由である
しかしいたるところで鉄鎖につながれている」
人は限られた自由の中で
それぞれの人生を生きてる
そんな中人は家庭に会社に生活してる
どっちでもお互いに理不尽をぶつけ合う
「精神(こころ)の自由はどこ?」なんて
叫びたいけど、許してくれないの?
今のココには「気持ちの余裕」なんて存在しないの?
仕事に家庭に生活にローン、子供の教育そういうことばかりに追い立てられて
人を傷つけることは「道」を外れるが
反社会的な気持ちを持ってちゃやってられないの?
「社会的」なんて道徳は
後から取って付けたもの
自分の気持ちに素直になって
やってみりゃいいんじゃない?
今「夢」を持っている人が少ないという
そんな自分も人のことを言えないけれど
それはこんな「社会」の中に
期待できるものが少ないということか?
「社会的」というメカニズム、錆付いているの?
新しい仕組み生み出す土壌が固まってないの?
人間の「画一化」が生み出した
「出る釘」生まない「社会」の現実
「コンナ社会に誰がした」なんて議論は意味がない
学校に家庭、大人に親、クニと全部に原因があるんじゃないの?
人を傷つけるような手段は感心しないけど
「反社会的」な気持ちを持たなきゃやってられないよ?
「人間」を見つめ直して
今の「社会」を頭から
考え直しみることを
やってみりゃいいんじゃない?
人を傷つけることをするつもりなんてない
「ヒジョウシキ的」な常識を角度変えて見ようとしてるだけ
「反社会的」なことじゃない
「人間」らしく生きたいから
だから反社会的な気持ちを持たなきゃ
やってられないよ?
クレジット ORIGINAL
- 作詞
- Burma Roadhouse
- 作曲
- Burma Roadhouse
- 編曲
- Burma Roadhouse
作品紹介
Album: Me, The Devil And The Blues
Track #08
オリジナル曲。
こんなタイトルだからとて、私は社会に楯突いたり反社会勢力に属しているわけではありません。
当たり前のことが、本当に「当たり前」なのか。常識と言われるものの、何が「常識」なのか。
世間のことを鵜呑みにせず、疑ってかかることも必要、と思っているだけです。
私は「社会」に対しては、疑ってかかれるみたい…
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