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山頭火

  • Jポップ
  • 23 再生

この曲の歌詞

山頭火



1 どうしようもない私が歩いている
真っすぐで寂しい 夕暮れの道

歯を食いしばり 誰かのために
頑張る気力さえ失くしました

※ 旅をすることが 人生ではないけれど
旅をしていないと 居場所がなくて

今夜も 草を枕に 月を 眺めている
耳元で鳴いてくれるかい 河原のコオロギ


2 母は早くに 自ら命を絶ち
栄えていた家も傾きました

末は博士と 乳母日傘で育った
挙句の果てが今の私です

★ 分け入っても 分け入っても 青い山
うしろ姿の しぐれてゆくか

今夜も 草を枕に 星を 数えている
蝉しぐれ 死に場所さがすか つくつくぼうし




3 どうしようもない人間なんです
妻と子を捨てて 逃げて来ました

屁理屈言って 酒におぼれて
友さえ離れてゆきました

☆ 突然の夕立に 地蔵と ずぶ濡れる
また見ることもない 山が遠ざかる

今夜も草を枕に  月と 語らう
「食べるものがなくなったよ」と 耳元でコオロギ

クレジット ORIGINAL

作詞
濱中 秀彦 種田山頭火
作曲
濱中 秀彦
編曲

作品紹介

種田 山頭火(1882-1940)~日本大百科全書より引用

俳人。山口県防府(ほうふ)町(現防府市)に生まれる。本名正一(しょういち)。幼時の母の自殺が山頭火の生涯に大きな衝撃を与えた。1902年(明治35)早稲田(わせだ)大学文科に入学したが、神経衰弱で退学して帰郷。父と酒造業を営むが失敗し、家は破産。山頭火は熊本市で額縁店を開くが、家業に身が入らず妻子と別れ上京。しかし、定職を得ず、熊本に帰る。酒におぼれ生活が乱れた。1924年(大正13)市内の報恩寺で出家。法名耕畝(こうほ)。市北部の植木町味取(うえきまちみとり)の味取観音の堂守となった。1926年、行乞(ぎょうこつ)の旅を始め、山口県小郡(おごおり)(現山口市)の其中庵(ごちゅうあん)に住したが、行乞漂泊すること多く、諸国を巡り、1940年(昭和15)松山市の一草庵(いっそうあん)で没した。句は1913年から『層雲』に投句。漂泊中の作に特色がある。句集『草木塔』(1940)がある

【歌詞に引用した句】

どうしようもない私が歩いている

分け入っても 分け入っても 青い山

うしろ姿の しぐれてゆくか

蝉しぐれ 死に場所さがすか つくつくぼうし

突然の夕立に 地蔵と ずぶ濡れる

また見ることもない 山が遠ざかる

「食べるものがなくなったよ」と 耳元でコオロギ

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