マードックからの最後の手紙(特別編)/ 樽屋 雅徳
- 原曲アーティスト: 東京佼成ウインドオーケストラ
- クラシック
- 27 再生
原曲情報 COVER
01原曲
- 原曲名
- マードックからの最後の手紙(特別版)
- JASRAC作品コード
- 158-9501-7
- アーティスト名
- 東京佼成ウインドオーケストラ
作品紹介
マードックからの最後の手紙(特別編)
(マードックからのさいごのてがみ)とは、
樽屋雅徳作曲の吹奏楽曲である。
この曲は、
タイタニック号に乗船していた
一等航海士のウィリアム・マクマスター・マードックと
タイタニック号沈没事故をモチーフにした曲である。
この楽曲は、2009年に出版された「通常版」、
2011年に花咲徳栄高等学校の委嘱により改訂された「特別版」、
2015年に通常版の編成を縮小した「小編成版」、
2021年の全日本吹奏楽コンクールで
玉名女子高等学校吹奏楽部によって初演された
「2021年版」がある。
樽屋氏より
1912年4月、世界最大の豪華客船として、
ニューヨークへ向け出航したタイタニック号は、
その処女航海を終えることなく
海の底へと沈んでいきました。
マードックは、タイタニック号に
乗船していた1等航海士であり、
船が沈む最後の瞬間まで勇敢に
乗客の救出にあたった乗組員の一人です。
彼は航海中、家族に手紙を書くのが日課であり、
そこには自分の近況はもちろん、
家族を気遣う思いが必ず綴られていました。
そんなマードックからの「最後の手紙」には、
乗客達で賑わう船上の様子や大西洋からの美しい眺め、
そして事故を予感させるアクシデントについて、
語られていたかもしれません。
曲はその手紙に綴られていたであろう風景や
彼の思いをアイリッシュ調のメロディーで
描いていきます。
マードックからの最後の手紙を
「読む」ように聴いていただけたらと思います。
尚、これは花咲徳栄高校の依頼により
特別に改訂したものです。(樽屋雅徳)
ウィリアム・マクマスター・マードック
(英: William McMaster Murdoch、
1873年2月28日 - 1912年4月15日)は、
イギリスの航海士。
客船タイタニック号に一等航海士として
乗船しており、同船の沈没事故により命を落とした。
タイタニック号の一等航海士
1912年3月、タイタニック号乗務を命じられる。
マードックは当初航海士長だったが、
大型船舶の航海士長の経験がないことを
スミス船長に憂慮され、
オリンピック号の航海士長だったヘンリー・ティングル・ワイルドが
この船での航海士長として急遽転属することになり、
マードックは一等航海士に降格された。
タイタニックのブリッジの指揮はスミス船長、
ワイルド航海士長、マードック一等航海士、
ライトラー二等航海士の4人の
上級士官達が交代制で執った。
1912年4月14日午後11時40分に
タイタニックが氷山に衝突した際には
マードックが当直だった。
衝突直前、氷山を発見したマストの見張りからの電話で
「正面に氷山」との報告を受けた
六等航海士ジェームズ・ポール・ムーディはすぐに
マードックに対してその言葉を繰り返して報告した。
マードックは操舵員ロバート・ヒッチェンスに
「Hard a starboard(取舵一杯)」と指示。
さらに機関室用信号機を使って両エンジンに
全速後進の指示を出した。
結果、氷山への正面衝突は免れたものの、
船体右舷と氷山が接触した。
マードックはすぐにボイラー室と
機関室の防水壁を閉じるスイッチを押し、
ブリッジへ戻ってきたスミス船長に状況を報告した。
その後、トマス・アンドリューズの船室で
タイタニックが沈没するであろう
旨の状況説明を受けたスミス船長は、
4月15日に入った午前0時5分頃に
救命ボートの準備をするよう指示を出し、
マードックは乗客を集める準備にかかった。
さらに午前0時20分、スミス船長はマードックを右舷ボート、
二等航海士ライトラーを左舷ボート担当に任じた。
またスミス船長は「婦女子優先」を命じていたが、
この命令をライトラーは徹底したのに対し、
マードックは緩やかに適用した。
たとえば主人と離れたがらない夫人などの場合、
マードックは座席に余裕があれば
夫と一緒に乗ることを許可することが多かった。
それによって余計な遅れをなくそうという考えからだった。
ライトラーの証言によれば、
マードックは午前2時15分頃、
折り畳み式のA号ボートを吊り柱に取り付けようと
悪戦苦闘していたところ、
船首が沈んで船尾が上がるにつれてボートデッキを
上がってくる水に飲み込まれて命を落としたという
(しかし、この場合左舷に居たライトラーからは、
右舷に居たはずのマードックは確認できないはずである)。
彼の遺体は発見されなかった。39歳没。
1997年映画『タイタニック』の表現をめぐって
1997年の映画『タイタニック』では、
マードックが賄賂を受け取ったあげく、
乗客を射殺するという不名誉な人物として描かれたため、
その家族やダルビーティ市民から批判を集めた。
1998年に20世紀フォックスの
副社長スコット・ニーソン (Scott Neeson) が
マードックの80歳の甥のところへ出向いて
謝罪を行っている。
Wikipediaより
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